「これは?」
 葵が中身を取り出す。ジンがそれを受け取った。
「これは、世界地図だね」
 見るとそこには、地図らしきものが描かれていた。勿論、見たこともない地形をした世界地図だった。
 地図の左上の辺りには、女神像のマークが記されていた。
「これってもしかして」
「女神像の在り処を示す、宝の地図?」
「本当?」
 葵が胸の前で軽く手を組んで片足ジャンプした。
「わからないけど、もしかしたらもしかするかも」
 喜ぶ三人の様子が他人事のように感じられた。
 地図には現在地を示すような印も記されていた。
「これがもし現在地を示す印だとすると、たしかここから少し東に行った所に町があったはずだ」
「ええ、バズークの町ね。とにかく一旦町に行って落ち着きましょう」

 町への道中、さっきは疲れているように見えた葵が嘘のように元気だった。女神像の在り処がわかってはしゃいでいるのだろうか。
 やはり俺は会話には加わらず、三人の少し後ろを一人で歩いていた。そんな俺を、シルフィは心配そうな顔で何度か振り返っていた。
 
 
 
  The world in a game
〜第3話〜
 
 
 
           ◆◆◆◆◆ジンの視点◆◆◆◆◆

 町に着いた僕達は、それぞれ自由行動をとることになった。僕もそうだけど、皆も久々にゆっくりしたかったのだろう。
 僕は新しい剣と鎧を買うために、武器屋を探していた。なかなか見つからず、路地裏のような所にまで来てしまっていた。
「なんだぁ、お前は?」
「だから! クリネムを虐めるのをやめろって言ってんの! 可哀想でしょ!」
 近くで誰かが言い争っているのが聞こえてきた。
「けっ! てめぇには関係ねぇだろうが!」
「あーもう、わかんない人達ね!」
「わかんねえのはどっちだよ!」
 そこには明らかにガラの悪そうな男達五人に囲まれている葵さんがいた。
「とにかく! あんた達みたいな弱いもの虐めするやつらなんか、私がコテンパンにしてやるんだから!」
「ほぉ、お前が俺達の相手をしてくれるのか?」
「逃げるんだったら今の内よ!」
「へっ、言ってくれるじゃねーか!」
 それを合図に男達は葵さんに向っていった。
 ドカッ、バキッ、ドゴッ、メキッ、ドムッ…………
「くっ、くそっ! 覚えてろよ!」
 男達は開始の合図の十秒後に、五人揃って葵さんに背を向けて、徒競争を開始した。
「思い知ったか!」
 腰に手を当て、満足そうにそう言うと、葵さんは、すぐさま虐められていたクリネムの元に駆け寄った。
「もう大丈夫よ」
 地面に両膝をつき、怯えているクリネムを優しく抱きしめた葵さんは、天使のような微笑を浮かべていた。
 その姿は、男達と戦っていた時の勇ましい姿とは打って変って、まるで我が子を抱きしめる母親のように見えた。
 怯えていたクリネムも、そんな葵さんの姿に安心したのか、気持ちよさそうに目を細めていた。

           ◆◆◆◆◆葵の視点◆◆◆◆◆

 全く、この世界にも、ああゆう弱いもの虐めをする奴がいるなんて。
 さっきのクリネムはペットショップに連れていった。心優しい人に飼ってもらえるといいなあ。一緒に連れて行きたかったけれど、こんな危険な旅に、連れて行くわけにはいかなかった。でもクリネムと一緒に旅がしたいという願望は、大きくなるばかりだった。
 仕方がないので、ぬいぐるみショップに行って、クリネムのぬいぐるみを買うことにした。自由行動をすることになった時に、私も少しお金を貰っていた。

 ぬいぐるみショップに到着した。店の中に入ろうとした時、店内に見知った顔を見つけた。ジンだった。
「ジン? ……」
 女の子だらけの店内に、男はジンだけだった。
 私はなんとなくお店に入りづらくて、ジンに見つからないように、そのままお店を後にした。

           ◆◆◆◆◆シルフィの視点◆◆◆◆◆

「うーん、ちょっとわからないなあ」
「そうですか……」
 私は町の骨董屋に来ていた。
 骨董屋の店の人なら、あの遺跡の奥の間にあった、石版の文字を読める人がいるかもしれないと思ったからだ。しかし、記録した石版のホログラム画像を見た初老の店主の答えは、期待はずれなものだった。
「それよりもお嬢ちゃん、あんたの持っている杖を見せてはくれんかね?」
「これですか」
「そうじゃよ」
 私は杖を店主に手渡した。
「ふーむ、やはりこれは……」
「その杖がどうかしたんですか?」
 片目を瞑り、ルーペ越しに杖を興味深そうに見ている店主に訊いた。
「これはザルフィルト時代のものじゃ。かなりの値打ちもんじゃよ」
「そうなんですか?」
 遺跡の中の宝箱に入っていた杖。
「どうだい、これを譲ってはくれんかね? タダでとは言わんよ。そうじゃなあ、これ程のものなら…………六百七十万ヴェルでどうだい?」
「六百七十万ヴェル?」
 そんなに凄い杖だとは思わなかった。でも……
「すいません。これをお譲りすることは出来ません」
「そうかい……。まあ無理にとは言わんよ」
 これは正伸君が私にくれた杖。あの状況では、およそプレゼントとは言えないが。それでも初めて正伸君に貰ったものだから。
「……あの、おじいさん」
 店の売り物を見ていた私の目に留った物があった。
「これ、お幾らですか?」
「これかい? 持っている物も高けりゃ、お目も高いね」
 正伸君にお返ししなきゃ。

           ◆◆◆◆◆正伸の視点◆◆◆◆◆

「正伸、ほら」
 自由行動になってから、俺は何をするでもなく、宿屋の部屋のベッドの上に、寝転がってボーっとしていた。そこへジンがやって来たのだ。
「ん……何だ?」
 俺は相変わらずベッドの上に寝転がりながら、目だけをジンに向けた。
「新しい剣、昨日壊れたんだろ?」
「ああ……」
「どうしたんだ? 元気ないじゃないか」
「何でもないよ」
「今日は剣の稽古、どうするのかなと思って」
「ああ、今日も頼むよ」
 シルフィの護衛役は無理でも、皆の足手まといにだけは、なりたくなかった。
「よし、それじゃあ町の公園に行こう」

 外はもうすっかり夜の闇に覆われていた。
「それじゃあ、昨日の続きからだ」
 そう言ってジンは剣を構えた。
「…………なあ、ジン。必殺技とかないのか?」
 早く皆に追いつきたかった。
「あるにはあるけど、いきなりは無理だよ」
「そうか……」
「まずは基礎練習をしっかりやらないと」
「そうだな」
 いつまでも落ち込んでいるわけにはいかなかった。

           ◆◆◆◆◆葵の視点◆◆◆◆◆

 ドンッ
 何か扉の方で音がしたような……。せっかく気持ち良く眠っていたのに。
 ドタドタドタ……
 音は遠ざかっていった。何事かと思い、扉を開けた。
 そこにはクリネムがいた。昼間ペットショップに連れていったクリネムが、ペットショップを抜け出して、私の所へ恩返しをしに来たのだろうか。
「どうしたの?」
 屈んでクリネムに話し掛けた。
「…………………………」
「黙ってちゃ何もわからないよ?」
「…………………………」
 私はクリネムを抱き上げた。
 妙に軽いなと思い、よく見てみると、それはぬいぐるみだった。
「なんだ……ぬいぐるみか……」
 なんでぬいぐるみがこんな所に? 
 昼間助けたクリネムからの贈り物ということにしておこう。あまり深く考えないことにした。早くもう一度眠りに就きたかった。
 私はクリネムのぬいぐるみと一緒に眠ることにした。
 バタンッと扉を閉めた。良い夢が見られそうな気がした。

           ◆◆◆◆◆ジンの視点◆◆◆◆◆

「ふぅ……」
 なんとか見つからずに済んだ。
 葵さんの部屋の前に、ぬいぐるみをそっと置いてくるはずが緊張してしまい、おもわず障害物の何も無い廊下で、躓いて転んでしまった。
 慌ててぬいぐるみを葵さんの部屋の前に置いたはいいが、ぬいぐるみと一緒に置いておこうと思っていた手紙を、置いてくるのを忘れてしまった。
 廊下の曲がり角の陰に隠れて見ていたが、僕が転んだ音で目を覚ましたであろう葵さんは、ぬいぐるみを部屋の中へと持っていってしまった。
 今更手紙を渡しにいく勇気はなかった。形はどうあれ、ぬいぐるみは葵さんに渡せたのだから良しとしよう。
 僕は自室へと戻り、渡せなかった手紙をくしゃくしゃに丸めて、ごみ箱に捨てた。

葵さんへ

拝啓 新緑の候、青葉かおるころとなりましたが、今日新しい剣と鎧を買ったんだけどお金が余ったから葵さんはクリネムが好きみたいだからなんとなくこれあげます。良かったら貰ってください。 敬具

ジンより

           ◆◆◆◆◆葵の視点◆◆◆◆◆

「今日早速、地図に女神像が記されていた場所に行ってみようよ」
 朝食の席。この世界の料理にも幾分慣れてきた。エキゾチックな味のする料理も多々あるのだが。
「いや、それはできない」
「どうして?」
 私が訊くと、ジンは私の隣の椅子に腰掛けている、クリネムのぬいぐるみにチラッと目をやった。
「ああこれ? なんか昨日の夜中に、私の部屋の前に落ちてたの」
「そ、そう」
 少しジンの様子が不自然だったが、気のせいだろう。
「お前高校生にもなって、よくぬいぐるみと一緒にご飯を食べようなんて思うよな」
「うるさいわね! 私の勝手でしょ!」
「もしかして、昨夜は一緒に寝てたとか……」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「格闘技女がぬいぐるみと一緒におねんね? ……気持ち悪!」
 正伸は右手で左腕を、左手で右腕を掴んで、肩を竦めながら言った。
「うるさいっ!」
 私はフォークを持ったままの手で、テーブルを叩いた。
 ジンも正伸と同じ風に思っているのか心配になり、横目でジンの様子を窺った。
 ジンは何故か恥ずかしそうに俯いていた。
「それで、どうしてだめなの?」
「う、うん。地図に女神像が記されていた場所は、四方八方が険しい山に囲まれていて、とてもじゃないけど、徒歩では行くことが出来ないんだ」
「じゃあ、行けないってこと?」
「いや、徒歩では行けないんだけど、空を飛んで行くことは出来るよ」
「この世界に空を飛べるような乗り物があるとは思えないんだが……」
 確かに正伸の言う通りだ。この世界に来てから車やバイクはおろか、自転車さえも見かけていない。
「一つだけあるの」
「それってどんな乗り物なんだ?」
「ペガサスっていう動物よ」
「ペガサスって馬に翼が生えてる、あれか?」
 さすがはファンタジーの世界だった。
「そうよ、よく知ってるわね。正伸くん達の世界にも、ペガサスがいるの?」
「いや、いないんだけど神話なんかに良く出てくるんだ」
「そうなんだ」
「それじゃあ、ペガサスを探しに行こうよ」
 私はレタスのような野菜を口に運びながら言った。
「どこにいるんだ? ペガサス」
「問題はそこなんだ。ペガサスはここからすぐの所にある、シャンラの村にしかいないんだ。で、その村に住んでるシャンラ族の人達がちょっと変わっててね」
「どう変わってるんだ?」
「他の町との交流を一切断っていて、村人全員女だっていう噂なんだ」
「噂?」
「うん、シャンラの村に行って来た、女の人がそう言っているんだ。何故かシャンラの村に行った男の人達は、誰一人として戻ってこないんだ。帰ってきた女の人達は、誰一人として、何故かその理由を言おうとしないし、謎に包まれた村なんだ」
「そんな村、王国に攻められれば終わりだろうに」
「今までに何度も王国は攻めに行ったんだけど、何故か兵士達が、誰一人として戻ってこないんだ。それを調査しに行った人達も全て」

 シャンラの村は、バズークの町から南に十キロ程の所にあるらしい。
 シャンラの村へ行く途中、何度か小動物を見かけた。それらの大半は、飼い主に捨てられたペットだという。
 いきなり自然の中へと放り込まれたペット達は、自然の中で生きていくことに慣れておらず、そのほとんどが魔物の餌になってしまうらしい。心無い飼い主達に腹が立ったが、私にはどうすることも出来ない。
 昨日ペットショップに連れていったクリネムは大丈夫だろうか。心配になってきた。
 私はぬいぐるみのクリネムを強く抱きしめた。そんな私を、ジンは何故か嬉しそうに見ていた。「何?」と聞いても「何でもない」としか言わなかった。

 謎の村ということだったが、見た目は普通の村に思えた。村というだけあって、町であるバズークの町よりは、田舎くさい印象を受けた。
「誰もいないね」
 村の中は閑散としていた。人どころか、その他の動物一匹も見当たらない。
 私達が歩いている道は、雑草が伸び放題に生い茂っていた。
 道の両脇には、いくつもの家々が並んでいたが、どの家も全ての窓が閉じられていた。中には窓ガラスが割れているものまであった。
 黄ばんだ壁にひびが入っている家々を見ていると、ここは長年放置されたままの廃墟のように思えた。生活感が全く感じられなかった。
「本当にこんな所にペガサスがいるのか? それ以前に人が住んでいるのか?」
 辺りを見回しながら、正伸が当然の疑問をジンに投げ掛けた。
「確かここのはずなんだけど……」
「ちょっと、そこのお兄さん達」
 いつからそこにいたのか、私達の後ろに女がいた。
「君はシャンラ族の人かい?」
「ええ、そうよ」
「ちょうど良かった。今シャンラ族の人を探していたところだったんだよ」
「ちょうど私も若くて逞しい男を探してたんだよ。これからお姉さんといいことしない?」
「な……何? この女」
 いきなり何を言い出すんだろう? この女は。
 確かに女は、ぱっちりとした大きな瞳に、スッと伸びた高い鼻、控えめな大きさの唇で、整った顔をした、女の私から見ても美人な女だった。
 ブロンド色の髪は、太陽の光を反射して綺麗に輝いて見える。
 スタイルも抜群だった。バスト八十七、ウエスト四十八、ヒップ八十、といったところだろうか。正伸が好きそうな巨乳だった。
 足も、どうやったらあんなに長くなるのか、というくらいの長さだった。しかも、その体をおもいっきり強調するような服装だった。
 無理やり着たであろう小さなTシャツは、いつその胸が飛び出してもおかしくない程に、ぴっちぴちに横じわが何本も走っていた。へそだしルックなのは言うまでもない。
 スカートはスカートで、後数センチでパンツが見えてしまいそうな程、超ミニスカートだった。
 スラッとした長い足も、見せつけるかのように、片足だけ少し前に出している。
「いーっぱい、いいことしてア・ゲ・ル」
 言って女は、ジンと正伸に向かって投げキッスをした。するとジンと正伸は、酔っ払いのように、ふらふらと女の方に歩いていく。
 信じられなかった。
 自分の机の上から三番目の引き出しの奥に、巧妙にエッチな本とエッチなビデオを隠している正伸はまだしも、あのジンが、いつも綺麗な銀髪を風になびかせながら、私に優しく微笑みかけてくれるジンまでもが、正伸共々、鼻の下をめいっぱい伸ばして、女の方へと危なっかしい足取りで、だらしなく歩いていく。
 ショックだった。
「あれは、リティチャー!」
「え?」
「あれはリティチャーっていう魔法なの!」

           ◆◆◆◆◆シルフィの視点◆◆◆◆◆

 そう、あれはリティチャーだ。
 その昔、醜い魔女が、想いを寄せる愛しい人を、自分に振り向かせるために編み出したとされる古代魔法。
 リティチャーをかけられた者は、術者の言いなりになるのだ。
 古代魔法を使えるのは、今となっては上級の魔族だけのはず。ということは、シャンラ族は魔族っていうこと? 
 それにしてもさっきから、なんかイライラする。それはきっとあの女のせいだ。
 リティチャーの効果は、術者の容姿美貌に一切左右されないと聞く。だからあの女の美貌は関係ないのだけれども、あの整った綺麗な顔と、ボンキュッボンなナイスバディの女の方に、ふらふらと近づいていく正伸君を見ていると、無性に腹が立ってくる。
 私は魔導師だから、いつも厚手のローブを着ているけれど、私だって脱いだら凄いんだから! 
「シルフィ……」
 葵ちゃんの体から、オーラのようなものが見える気がする。それも真っ赤な怒りのオーラが。
 葵ちゃんも私と同じ気持ちらしい。
「葵ちゃん……」
 お互いに女を睨みながら、怒りを抑えた低い声で呼び合い、そして……
「いくわよ!」「いくわよ!」
 二人の声が重なり、女達の戦いが始まった。
 葵ちゃんは女の元へと疾駆し、女との間合いを一気に詰めた。
「え? ちょっちょっと待っ……」
 女が何か言おうとしたが遅かった。
「せい!」
 バシッ! 
 そして葵ちゃんは、女を高く蹴り上げた。
 女は綺麗な弧を描き、私の方へと飛んできた。地面から十メートルの高さまで飛んでいる。
 葵ちゃんにこんなパワーがあるなんて、今まで知らなかった。むしろ今は好都合だった。
「よいしょ!」
 バコオオン! 
 すかさず私は、女に魔法をくらわせ、葵ちゃんにパスをした。
 女は空中でくるくると回りながら、葵ちゃんの方へと飛んでいく。その姿は、さながら器械体操の選手のようだった。
「もういっちょ!」
 ドオオン! 
 葵ちゃんのシュートが決まった。今度は直線的に、女が私の方に飛ばされてくる。
「まだよ!まだまだなのよ!」
 ドッゴオオオン! 
 魔法の爆風に巻き込まれて、周りの家々が少し崩壊していたが、そんなことは関係なかった。
 女が葵ちゃんの方へ……
「よくも私の王子様を!」
 バチコオオオン! 
 葵ちゃんは、何やらわけのわからないことを言っているが、そんなことはどうでも良かった。
 また女が飛んできた。
「私の方が大きいんだから!」
 ボンキュッボオオオン! 
 女はやっと開放された。
 ごろごろと地面に転がった。しかし、すぐに起き上がった。
「ちょっと待ってってば!」
 あれだけの攻撃をくらいながら起き上がり、まだ喋る元気があるなんて。もっともっと痛めつけないとわからないみたいね。いいわ。お望み通り、もっときついのをお見舞いしてあげるわ! 
 ボワワワアン! 
 そう思った時、女が白い煙に包まれた。そして煙の中から出てきたのは
「うわああああん、ごめんなさいでしーーー!」
 小さな女の子だった。
「え? どういうこと?」
 私と葵ちゃんは顔を見合わせた。この子がさっきの女狐なのかしら? 服装は変わっていないから、そうなのであろう。
 ぴちぴちだったTシャツは、今の女の子にちょうどのサイズだった。
 そばかすだらけの顔を、くしゃくしゃにして泣いている。
 どうしていいかわからず、私達はその場に立ち尽くしていた。
「マリル!」
 そこに誰かがやって来た。十数人の、これまたナイスバディな女達だった。
「ごめん、失敗しちゃったよぅ……」
 マリルと呼ばれた女の子は、涙声で言った。
「そんな……。マリルがリティチャーを失敗するなんて……」
「失敗してないでし。この女の人達が強すぎたんでしー。こんなに強いとは思わなかったでしー」
「どういうことなの?」
 状況が全く掴めず、私は困惑ぎみに訊いた。
「それはですね……」
 ボワワワアン! 
 ボワワワアン! 
 ボワワワアン! 
 ボワワワアン! 
 ボワワワアン! 
 ナイスバディ軍団は、次々と煙に包まれた。そして出てきたのは
「こういうことなんです」
 全員マリルと同じくらいの小さな女の子達だった。
「私達シャンラ族は、太古の昔からこの世界に住んでいました」
 女の子達の中の一人が話し始めた。
「最初はいろんな種族が仲良く共存していました。しかし、人間が現れてからは、変わり始めました。人間達は、自分達以外の種族を魔物だ悪魔だと決め付け、共存することを嫌い、自分達の国を創り、自分達の住む範囲を徐々に広げていきました。私達を含め、他の種族達は、住む場所を追われました。そして他の種族達を、森や密林の奥地などの辺境の地へと追いやったにも関らず、たまに森や密林などに入り込んできて、他の種族達に出くわすと、やれ悪魔だ魔物だと言い、攻撃してくるようになりました」
 私が学校で習った、この世界の歴史とはずいぶんと違っていた。
「そのため他の種族達は、最近では人間を見つけると、すぐに攻撃するようになりました。私達シャンラ族も例外ではありません。私達は女だけの種族。しかも見てのとおり体も小さいので、古代から得意だった魔法を駆使し、自分達の身を守っているのです」
「もしかして、あなたは大人なの?」
「こう見えても私は三十歳です」
「えーー! じゃあマリルも大人?」
「はい、マリルは現在最年長者で八十歳です」
「嘘……」
 マリルが一番年下に見えた。喋り方を含め、今話しているこの三十歳だという人の方が、よっぽど年上に見える。
「しかし、私達は、自分達から人間達を襲うことはしません。ここでひっそりと暮らしていたいだけなんです。私達の村にやって来て、私達の暮らしを邪魔する人間にだけ攻撃します。さっきのあなた達みたいに」
「違うわ。私達はあなた達の暮らしを邪魔しに来たんじゃないの。ペガサスを探しにきたの」
「ペガサスを? 何のために?」
 私は遺跡で見つけた地図を見せた。
「なるほど。確かにここに行く為にはペガサスが必要ですね」
「それと……」
 私は遺跡で記録した、石版のホログラム映像を見せた。何もなかった空中に、石版の映像が浮かび上がった。
「現代科学と、この世界の魔法はいい勝負ね」
 葵ちゃんは腕組みしながら頷いた。
「バズークの町の西にある遺跡で、地図とこの石版を見つけたんだけど、石版に何て書いてあるのかわからなくて。何かわかるのだったら教えてほしいのだけど」
「これは古代からこの地に伝わる伝説が記されていますね」
「何て書いてあるの?」
 葵ちゃんが興味津々な顔で訊いた。
「魔王に敗れし勇者の元に女神降り立ち、伝説の剣、勇者に授けたる。女神、勇者の楯となりて死す。勇者その剣で魔王を退治せん」
 女の子はそこで一旦言葉を切った。
「その女神は、死んでから像になったと伝えられています。それが伝説の女神像の正体。本当に願い事を叶えてくれるかどうかは知りません」
 知らなかった。ふと私はこの世界の何を知っているのだろうと思った。
「あなた達は女神像を探しているのですね?」
「そうよ」
「先程は失礼しました。御無礼をお許しください。出来る限りの協力はします。でも私達の気持ちもわかってください」
「ええ、私達の方こそごめんなさい。ところで、リティチャーで捕まえた男の人達はどうしているの? 帰ってこないっていう噂なんだけど」
「……知りたいですか?」
「知りたい」
 女の子は一つ間を置き
「どうしても……ですか?」
 意味深な言い方が気になった。
「知りたい」

「うっぷ! ……おえっ!」
 聞かなきゃ良かった。いくら自分達の身を守るためだといっても、捕まえた男の人達に、そんなことをしているだなんて。
 気持ち悪くて吐きそうだ。隣で葵ちゃんも涙目になりながら、手で口を押さえている。 正伸君とジンがそうされなくて本当に良かった。

           ◆◆◆◆◆正伸の視点◆◆◆◆◆

「う……ん」
 気がつくと俺は、地面に大の字に倒れていた。気絶していたのだろうか? 
 俺のすぐそばにジンが倒れている。
「おいジン! しっかりしろ!」
 軽くジンの頬を叩く。
「う……」
 どうやら気がついたようだ。
「僕は一体……」
 ジンも気絶していただけのようだ。
 俺は起き上がった。
 体がだるい。頭がボーっとしている。ふと前に目をやると、葵とシルフィがなにやら手で口を押さえている。
「どうしたんだ?」
「あ、正伸。気が……ついた……のね」
 口を押さえたまま葵が言った。
「ああ。それよりどうしたんだ? シルフィも。気分でも悪いのか?」
「ううん、何でもない。それより……ペガサスに……乗れ…………ることになったから……早く行こ」
「あ……ああ」
 かなり辛そうに見えるのだが。いつの間にペガサスに乗れることになったのだろう。まあ乗れることになったのなら良かった。
「本当に大丈夫かい?」
「だ……いじょ……うぶ……! うっ!」
 無理に笑おうとした葵は、そのまましゃがみ込んだ。
「葵さん!」
 一体何があったというのだろう。
 俺達は小さな女の子達に先導され、村の奥へと進んだ。
 この子達は一体……。シャンラ族の子供達か? 
「ここです」
 女の子達の中の一人が、片手を広げて言った。
 そこはとても広い草原だった。特に柵などの無い草原にペガサスがいた。何十頭いるのだろうか。
 白い体に白い翼。蒼い目。引き締まった筋肉。
 ペガサス達は、草原の草を食べたり、追いかけっこをしたりしている。思っていた通り、普通の馬に翼が生えているだけだった。
 のどかな風景だと思った。
「どれでも好きなのを選んでもらって結構です」
 そう言われても、子供の小さなペガサスと、大人の大きなペガサス以外の違いがわからなかった。
 俺はふと疑問に思ったことを訊いてみた。
「こいつら勝手に、どっかに飛んで行ったりしないのか?」
「しません」
「何で? 柵も無いし、こいつらには飛ぶための翼があるじゃないか」
「……知りたいですか?」
「知りたい」
 女の子は一つ間を置き
「どうしても……ですか?」
 意味深な言い方が気になった。
「……知り」
「正伸! やめて!」
「お願いだから! 正伸君……聞かないで!」
 葵とシルフィは叫びながら嘆願してきた。
 葵の瞳からは、涙が零れ落ちそうになっている。シルフィは泣いている。
 一体どうしたというんだ。
「お願い! お願いだから! 正伸!」
「正伸君に人の心があるのならぁ!」
 二人とも涙声で語尾が聞き取れない。
「わかった! わかったから聞かないから!」
「うぅ、ぐす……」「えぐ……あぅ……」
 俺は何か悪いことをしただろうか? わからない。
「悪かった。ごめん」
 二人は両手で顔を覆いながら、首を横に振るばかりだった。ますますわからなかった。
 何故、シャンラ族が全員女なのかということも、この状況では訊くに訊けなかった。

 暫くして、二人が落ち着いてからペガサスに乗ることにした。
 どれも同じに見えたので、近くにいたペガサスに乗ることにした。
 俺は馬にも乗ったことがなかったので、少し怖かった。俺が乗ると、ペガサスは首を激しく左右に振った。
 さらさらの鬣が綺麗だった。
 その綺麗な純白の翼を一度ばたつかせ、真横に広げ、駆け出した。
 手綱も何もないので、落ちないように体を強張らせた。思っていたよりも上下に揺れる。そして、空を翔けた。
「お気をつけて! あなた方の幸運を祈っております!」
「ありがとう!」
 空高く翔けていく俺達に向けて、シャンラ族の女の子達は、いつまでも両手を大きく振っていた。
 地面から遠ざかるにつれて、下に広がる風景がミニチュアのように見えてくる。
 意味があるのかないのか、ペガサスは空中に飛んでからも、足を動かしていた。
 もう一度下を見ると、手を振る女の子達は、ミニチュアの家々に住む、人形のように思えた。
 雲が手を伸ばせば触れられる距離にあった。綿菓子というよりは煙に近かった。
 煙のような雲は風に流されていく。空はどこまでも青かった。
 
 
 
 



  あとがき
 やっとで3話書き終わったよ〜
 霧架「一ヶ月ぐらい掛かったわね」
 就活がなかなか決まらなかったから
 長引いてしまったんだよ
 霧架「そんな言い訳はいいわ」
 容赦ないんですね
 霧架「あなただからね」
 鎌を持って隣に立って脅して書かせて
 霧架「それでもしないとあなた書かなかったでしょ」
 少しぐらい休ませてくれてもいいんじゃないですか
 霧架「」あなたに休みなんて必要ないわ
 ………
 霧架「こんなのはほっといて」
 ほっとかないでください(涙
 気を取り直して
 次も楽しみに待っててください
 ではでは〜
 霧架「失礼しますね」



空を駆ける天馬…。
今度は空の旅〜。
美姫 「捕まった男の人たちはどうなってたんだろう」
多分…。
美姫 「やっぱり言いわ。何となく予想はつくんだけど、聞きたくない〜」
……自分で言い出したくせに、この仕打ちは酷いんじゃないか?
美姫 「五月蝿いわね。もっとやられたいの?」
結構です…。うぅ〜。
美姫 「さて、次回はどんな話になるのか楽しみね」
おお、楽しみだぞ〜。
美姫 「では、次回を楽しみに待ってますね〜」



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